桜田 よしたか
自由民主党
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広報誌「絆」
42号 アフガン復興会議NGO参加拒否問題について
 最近、一番マスコミを賑わしたのが、このNGO出席拒否問題でありました。結局、この一件がきっかけとなって、外相、次官、議院運営委員長三者が更迭されるという異常事態となりました。最後は互いに「言った」「言わない」の水掛論争になってしまい、予算審議そのものが滞る事態に発展したことについては、関係者は猛省すべきでしょう。

そもそもこの問題の発端は、大西氏が代表をつとめる「ジャパン・プラットフォーム」と「ピースウィンズ・ジャパン」が、当初外務省から会議への出席を認められていながら、その直前になって、出席を拒否されたというものであります。最終的には、何とか出席を認められたのでありますが、その経過で議員の圧力があったのか、なかったかといった目に見えない過程・やり取りが問題として、マスメディアを通じて大変大きく報道されました。

 今世紀は、「市民社会の時代」とも言われ、NGOやNPOの役割が非常に大きいものとされています。全世界で多くの市民団体が活躍し、日本の場合は数が少なすぎるくらいです。既に欧米がそうである様に、世界各地での紛争、難民問題にNGO・NPOが政府と一体になって、支援活動を進めていくというスタイルが国際標準・グローバルスタンダードになっております。

 こうした状況の中で、アフガニスタンの北部で経験豊富な欧米のNGOのお株を奪うように、NGOの取り纏め役として活動し日本外交の一翼を担っていたとも言えるピースウィンズ・ジャパンを、日本の外務省は、復興会議への出席を国民に分かりにくい形で、出席拒否をしてしまったのであります。国会審議でも外務省の答弁が二転三転したことについては、本当に見っとも無いものでした。

この問題については、一議員の言ったことが圧力になったかどうかなどという報じられ方をしておりますが、そもそも、外務省は議員介入が不当なものであると感じたら断るべきであって、問題は外務省の対応・答弁そのものにあったと私は思います。議員が役所にモノを言うこと自体は当然であって、無茶な圧力であれば役所として毅然として撥ね退ければ良いのであります。

外務省の問題としては、次官の問題もあります。大臣の言うことを聞かない次官は問題外です。外務省には田中大臣を初めから排除する悪い癖がありました。こうした軋轢が嵩じて遂には破綻に至ったというのが今回の一件だったのではないでしょうか。

一連の騒動は「三方一両損」という形で収拾されましたが、外務大臣と事務次官の辞任が同列で論じられることには、何か腑に落ちません。そうした疑問を感じているのは、私だけではないと思います。田中大臣が就任以来、いくつかの局面でその資質を問われ、いわばイエローカードを突き付けられてきたことは事実です。しかし、今回、田中大臣はNGO問題を奇貨として、いかにも拙速な辞任を強いられた感が否めません。今、なぜこの時期に、なぜこの理由で辞めなければならないのか、多くの国民には納得のいかないところでありましょう。

外務省は今度の川口外相の下で大改革をしなければなりません。でなければ、国民は自分達の税金が外務省に渡ることを拒否したい気持ちにさせられます。外務省は田中大臣が去ったこれからの改革次第ではさらに評判を落としかねません。私もこの点、元政務官として徹底的に監視していきたいと思います。不当な圧力に当たらない程度には気を付けますが・・・・。

さて、折角、アフガン復興会議自体が、前国連難民高等弁務官緒方貞子さんの活躍もあり成功に終わったにもかかわらず、今度の一件で日本の恥を世界にさらしたようなかたちとなりました。外務省の思惑だけで、物事を決定することを優先させ、現場を熟知し、時には命の危険をさらしても活動しているNGOを排除しようとしたのが大きな問題であることは間違いありません。

政府とNGOの関係は、時には手法や意見等が対立するときもあるでしょうが、緊張を保ちながらも、お互いにものを言い合う「政府と綿密で友好的な協調関係」を保っていくことが望まれるのではないかと思います。

今回の一件は、外務省の内部問題でありながら、国会の混乱を引き起こしました。関係者には猛省してもらい、外務省は哲学をもって行政にあたってもらいたいと思います。



いまこそ、小泉構造改革の正念場

1 田中外相の更迭問題を官邸に進言!

さて、先の真紀子外相更迭をきっかけとして、足もとの小泉政権に対する国民の支持率が大きく下落することとなりました。これは、外務省改革において、田中外務大臣の手腕に期待していた国民の声の大きさを裏付けるものといえるでしょう。基本的には景気回復を政策として推し進めなければならない中ではありましたが、国会における予算審議を最優先したという小泉総理の今回の決断にはいささか疑問が残り、タイミングが悪いものであったことは確かであります。

更迭のタイミングが悪かったというのは、国民からの支持率の急激な低下を招いてしまったという事実からも明らかであります。私は、田中外相更迭の可能性が高くなってきたと分かった時、官邸高官サイドに、「今はタイミングが悪すぎる。内閣支持率に影響を与えるのは必至の情況であり、今更迭するべきではない。これから始まる予算審議・予算関連法案をスムーズに通過させるには、高い内閣支持率が必要不可欠である」との意見を述べました。

ただ田中さんが本当に外務大臣になって良かったのかというと、さまざまな意見があります。今回の更迭劇は国民から見て不満が多かったのは事実ですが、そもそも外相に適任であったかどうかという点については前々からメディア等でも激しい議論があったことはご承知のとおりです。例えば、自由民主党本部では、毎朝、国会へ提出予定の法律案について議論が戦わされる外交部会や国防部会等の部会が開かれており、この場で基本的な知識を習得していくのが普通の国会議員の姿なのですが、田中真紀子さんはほとんど見かけたことがありませんでした。外務大臣として、外交・防衛などの基礎知識が普通の国会議員よりは不足しているのは明らかであり、必ずしも最適の人選であったとは言えない部分があるのは確かではあります。

むしろ、結果論ではありますが、国民が期待していたのは外務省改革でありました。外交そのものではなかったのであります。この点、今後の外務省改革においては田中前外相の意見というものを真摯に取り入れていくという姿勢も大切であると思います。

田中外相の外務省改革に対する熱の入れようは、国民の目にもひしひしと見て取れるものでした。しかし、田中外相は何もかも一人でやろうとしたところに無理があったように思います。外務省には、大臣の他にも、副大臣や政務官といった政治家がいます。彼らとスクラムを組むことで、政治主導を講じることもできたのではないでしょうか。

しかし、田中外相ばかりを責めるのは酷というものかもしれません。私が政務官を務めていた時にも、当時の官房長の関連で、一度も大臣・副大臣・政務官会議は実現しませんでした。こうした状況では政治主導の実現には程遠いと言わざるを得ません。民間人の省内登用などと併せて、抜本的な外務省改革を推し進めていかなければなりません。

2 改革の手を緩めてはならない

さて、こうした一連の外務省問題はさておき、ここで重要なことは、今回の一件によって、外務省改革を含む「聖域なき構造改革」が困難になったと国民に誤解されないように、今後、小泉内閣としては、より一層改革に対する姿勢を強めていかなければならないということであります。

また、各派についても、これを政局化するようなことを絶対に避け、引き続き小泉内閣を全力で支援していく必要があることはいうまでもありません。今回の件では、国民の間に、「自由民主党の悪い部分が再び勢いを増しつつあるのではないか」という懸念が生じています。折角、小泉政権で聖域なき構造改革を進めようということで、歴代自由民主党政権でも稀に見る高い支持率を国民から得ていたものを、今回の一件で台無しにしてしまいました。

仮にここで、わが党として改革を進めないという姿勢を示していくのであれば、わが党は必ずや国民から愛想をつかされ、遠からず崩壊することになってしまうでしょう。一部には、今回の支持率の低下をもってして、「支持率のために政治をやるものではない」という発言等も見られますが、国民からの強い支持がなければ、小泉政権の進めようとしている「聖域なき構造改革」は実行できないことは疑いありません。わが国は、国民主権の民主主義国家であって、この事実だけは絶対に忘れるべきではないのであります。

したがって、小泉政権、自由民主党としては、今回の件で受けた国民からの不信感を払拭するためにも、改革の手を絶対に緩めてはなりません。そして、私は今まで以上に小泉政権を強力に支援し、再び国民からのわが党への信頼を取り戻すべく全力を注ぐ決意であります。ハ

3 民間活力で景気回復を!

 J・F・ケネディ米国大統領の大統領就任演説の一節で「わが同胞、アメリカ国民諸君よ 国家が諸君に何をしてくれるかを問うのではなく、諸君が国家に対して何ができるかを問うべき時だ」という有名な言葉があります。これは、個々人で国家に依存しながら幸せを追求するのも良いが、国家という一段高いところから見て、全国民の幸せを追求する思想を一人一人が持って積極的に行動して欲しいということを意味すると同時に、直面する困難に、他者への依存ではなく貢献をもって一致団結して欲しい、というケネディの問いかけであると考えます。私はこれこそが小泉改革が最終的に目指すところだと思います。

言い換えれば、国の仕事と民間の仕事の役割を再定義し、民間で出来ることは民間で行ない、国は、あくまで民間活力を引き出す土壌づくりに徹することが重要なのであります。

 例えば、小泉改革の重点政策である特殊法人改革はまさにこれに当てはまるでしょう。特殊法人の組織・業務が肥大化し、民業と重複している部分を民間へシフトさせるのであります。多額の税金を投入しなければ存続・維持できない組織・業務はもはや国には必要ないのであります。

つまり、肝心なのは民間に力です。そして、民間の力という場合、一番私が懸念しているのはやはり人口・少子高齢化の問題であります。個人消費も設備投資も人口の大きさが基盤となっています。経済成長の源泉三要素は、人口、資本力、技術力と言われております。

この点、少子化が進行する我が国の人口は、80年代は660万人増加しましたが、90年代には333万人しか増えていません。一方アメリカでは、80年代の2,200万人増加から、90年代は3,520万人増加しております。日本は人口増加率が半減し、アメリカでは1.6倍になっているわけです。すなわち、一番消費活動が活発な若年世代が我が国は減少しているのであります。このことが90年代の日米経済成長の差になって表れていると考えられます。

 わが国の場合、90年代を通して公共投資中心の景気回復策をとってきましたが、GDPの6割を占める景気の牽引役である個人消費が最後まで伸びることは無く、今日の景気低迷に至っております。国が公共投資で主導して景気全体を回復させるのは、もはや不可能であることが実証されたのであります。むしろ、経済構造改革を推し進めて、民間主導の景気回復がなされる環境を整えることなしに、現在の不景気から抜け出すことはできないといえるでしょう。

昨年末から、今年にかけて失業率の上昇・株価のバブル後最安値更新など、景気低迷が見られてきております。それにともない、目先の景気回復を望んでの予算措置を求める声が、各方面から聞こえ始めました。

しかし、小泉さんはそもそも「2〜3年は低成長を我慢して欲しい」と主張し、そして国民に圧倒的な支持を得て首相になったはずであります。小泉さんの「国債発行額を30兆円以内にする」という主張も、その他の基本的な政策でさえ支持していた民主党の鳩山さんでさえ、ついに方向転換してしまいました。これらのことについて、私は、目先の物事だけを見た非常に短絡的な判断であると考えます。

昔は、10年一昔と言っておりましたが、今の時代はドッグイヤーと言われる様に、2、3年で全く時代が様変わりしてしまいます。しかし、人間の頭の中はなかなか変わることができません。自分で頭の中を変えようと意識しないと、そう簡単に変えられるのもではないでしょう。この点、構造改革とは、正に国民が自主的に自分自身を変えていかなければならないものであります。

ガラパゴス諸島に渡って、進化論を論じたチャールズ・ダーウィンは、その著作『種の起源』の中で「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは変化できる者である」と述べています。生物の進化の本質についてダーウィンが下した結論でありますが、私は今の日本社会についても当てはまることではないかと思います。小泉さんは、「構造改革」によってダイナミックな社会構造の変革を行なおうとしていますが、我々は旧来の社会システムへ依存する考えを捨て去り、21世紀の新しい社会システムの構築へ目を向けるべきなのであります。

「戦争で国民が打ちひしがれている時も、平和を享受している時も、不況で国民があえいでいる時も、繁栄を謳歌している時も国民はいつも政治家の決断を待っている。私は政治家を職業として選んだことを誇りに思う」。なぜ政治家になったのかと問いかけられた時にケネディはこう述べました。最後に決断を下すのは政治家であります。国民の活力を最大に引き出すべく、小泉内閣を全力で支え、構造改革に取り組んでいかなければなりません。

通常国会を始めて迎えた小泉内閣の真価が問われるのは、まさにこれからです。私としては、今後も小泉内閣を全力で支えて参る所存でありますので、ご支援をよろしくお願い致します。
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