桜田 よしたか
自由民主党
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元気だそう日本! 桜田義孝の日本国改造私案
第一部 二十一世紀目指すべきこの国の「かたち」と「こころ」
第一章 わたしの日本国改造宣言総論
1 21世紀のこの国の「かたち」と「こころ」はどうあるべきか?

これから、わたくしが目指す21世紀のこの国の「かたち」と「こころ」について、皆さんにご説明していきたいと思います。いま、皆さん回りをみてどうでしょうか?みんな顔が暗くありませんか?疲れている人が多くありませんか?いろいろ愚痴る人が多くありませんか?

わたくしは、時々千代田線に乗って国会に通っていますが、車内の雰囲気がとてもギスギスしているのに驚かされます。みんな、大変イライラしている感じを受けます。しかしよく考えればそれも当然であります。隙間がないくらい混雑しているのですから。

例えば、ラッシュ時に北千住なんかで一度に大勢降りる時、人類皆兄弟なんて言葉が全くないかの様に、われ先にと、押し合いへし合いながら一斉に出口に走ります。そして、「毎朝これでは誰も政権与党であるわれわれ自由民主党を応援したくなくなるな」といつも感じます。

若者達も大変イライラしているようであります。ナイフで人を切りつけたり、バスジャックをしたりと本当に青少年の事件は後を絶ちません。最近では大抵の少年犯罪を聞いても驚かなくなりました。これは大変恐ろしいことであります。

一体イライラした人々を抱えて、この国はどこへ行こうというのでしょうか?きちんとした国として21世紀もやっていけるのでしょうか?

こんな中、わたくしは、つくづく国を維持していくためには、モラルというものが必要なのだなあと感じます。ここでいうモラルというイメージは、みんなが目的に向かって一緒に生きていくという一体感とでもいいましょうか、簡単にいってしまえば、明確な社会目的とそのための自己規律のようなものと捉えていただければ良いと思います。

より換言すれば、この国の目指す「かたち」(社会目的)と「こころ」(自己規律)ということにもなるでしょう。

わたくしが政治家になってよく感じることは、いま、この国の「かたち」=全体像をビジョンとしてもっている指導者が必ずしも多いとはいえないということであります。個別の政策については、いろいろ言ってみても、全体感というものをもって仕事をしている指導者が意外に少ない。これはとても残念なことであり、国民からみれば、不安なことであると思います。

世の中は益々複雑になっていますし、政策・制度も実に難解になっていますから、議院内閣制の下で、政治家が政策を掲げていくのは、大変労力のかかることであります。しかし、わたくしはどんな政策・法律を審議する際でも、この国の「かたち」と「こころ」というものを絶えず忘れるべきではないと思っております。

国民が笑顔を取り戻すためには、この国の「かたち」と「こころ」、この国の明確なビジョンの提示こそが不可欠であります。昔の時代、と言ってもわたくしの子供の頃でも国には明確な目標があったと思います。

わたくしの印象に極めて強く残っている映画に、ビビアン・リー主演の「風と共に去りぬ」があります。わたくしが始めてこの映画をみた時、この世の中には何てすばらしい映画があるものだ、これをつくる米国という国には絶対かなわないなと思ったものであります。仮に太平洋戦争当時の日本の指導者達がこの映画をみていたら、絶対に米国のような強国を敵に回すような無謀な戦争はしなかっただろうと思います。

戦後、わたしたちには、テレビや冷蔵庫を持ち、休日には楽しそうにレジャーを楽しむ米国の家庭がひとつのイメージとして漠然とあり、荒廃の中から、何にもない焦土の中から、必ず豊かになって米国に追いついてやるとでもいうような、ひとつの雰囲気が国民の中にあったように思います。

わが国が高度成長を実現できた背景としては、こうした国民の目指すべき国の「かたち」と「こころ」、つまり、欧米のような豊かな物質社会への憧れと、民主主義社会という新しい制度の中での国民のがんばりという要素があったことが大きいと思っております。

ちょっとさかのぼって明治維新の前後もそうでありました。この国では坂本竜馬に大変人気があります。最近の証券会社のテレビCM等でも、時代を切り開いていくイメージということで積極的に活用されているようであります。彼が受けるのはなぜでしょうか。

それは、彼が時代に適合しない江戸幕府を叩き壊し、近代社会への門戸を切り開こうという明確なビジョン、この国の「かたち」と「こころ」について、夢をもって生き生きと行動していたことが、深い感銘をわたしたちに与えてくれるからではないでしょうか。彼は暗殺されて若くして死んでしまいましたから、余計、生の充実というか、そういうものが際立っているから人気があると思うのです。

彼だけではありません。明治維新では、多くの人々が国の「かたち」と「こころ」づくりに夢をもって心血を注ぎました。そして、時代の先導者は若者ばかりで、誰もがエネルギーに満ち溢れていました。そこに共通するのは、やはり戦後の高度成長期にもあった、この国の「かたち」と「こころ」に対する強烈な思いであります。

どんな憲法を作ろうか、どんな国会を作ろうか、どんな街を作ろうか、どんな教育を作ろうか、どんな外交をしようか、今よりよほど厳しい国際社会の中で、いつ欧米列強に攻め込んでこられるかわからない中で、明治の志士たちは、現代日本の政治経済のエリート達より遥かに生き生きと国づくりに邁進していたのではないでしょうか。

 言ってみれば、この国はいま申し上げたような明治維新、そして、戦後改革と高度成長期に次ぐ、第3の重要な変革期にあります。どちらも、黒船来航、GHQによる占領という一種の外圧がもとで改革へと動き始めました。しかし、欧米に追いついてしまった今、今度は自らの力でこの国の「かたち」と「こころ」をみつけなければならない。

今の日本に一番必要なことは、この国の「かたち」と「こころ」を明確にして、みんなでそれに向かってがんばることであります。当然、政治家はあらゆる力を振り絞ってこの難題に取り組むことが最大の使命であります。

 それでは、この国は今何を目指すべきなのか?21世紀のこの国の「かたち」と「こころ」はどうあるべきなのか?この章では、この問題について、わたくしなりに考えていることを皆さんにご説明しようと思います。是非お付き合い下さい。

話がいささか長くなる都合上、あらかじめ皆さんに言っておきますと、わたくしが目指すこの国の「かたち」と「こころ」、それは「世界から尊敬される文化大国日本の創造」ということであります。納得されない方も納得した方も、とにかくお付き合いください。

2 日本に来る外国人はなぜこんなに少ないのか?

皆さんは、わが国国民の年間の海外渡航者つまり、旅行や仕事等で海外へ出て行く日本人の人数をご存知でしょうか。驚くなかれ今や延べ1636万人(平成11年)であります。これは終戦直後の昭和25年(8922人)の1833倍であります。夏休みや正月等日本人が大挙してハワイに行ったり、ヨーロッパに行ったりと、本当にこれだけみていると、とても不況とは考えられません。

 また、仕事で海外へ行く方々の数だけをとっても、年々大変な勢いで増えており、延べ二四九万人にも達します。経済のグローバリゼーションはものすごいスピードで進展しているのだなあ、とこれだけみますと改めて感心させられます。

 しかしであります。日本から人が海外へ出かける、これは大変結構なことでありますが、海外から一体何人が来ているのかということになるとこれも別の意味で大変驚かされることになるのであります。

 何と年間日本に仕事や旅行で来る外国人は、490万人に過ぎません。わが国から出かける人数の実に三分の一であります。これは一体どうしたことでしょうか。世界観光機関調査による外国人受入動向統計(平成7年)をみますと、わが国の外国人受入数は世界で36番目と大変低い位置にいるのが実情です。ちなみにお隣の韓国は32番目なのです。

 原因はいろいろあるでしょうが、明らかに言えることは、今のこの国は、外国人から見ると、その程度の魅力しかないということであります。

高賃金を求めて不法に入国して来る外国人はたくさんいるようでありますが、魅力的な投資先として考えたり、海外旅行をしたりという、そういう対象の国としては、その経済力に比して大変低い評価を受けているということなのであります。いわば日本には経済力に相応する程度の国としての魅力がないのであります。

3 世界文化・価値の発信源であり続けたヨーロッパに習え!

 わたくしは、この国を観光大国にしたいと思っています。ここで言うわたくしのいう観光大国とは、誰もが訪れたくなる魅力的な文化国という意味です。例えば、ヨーロッパの国々が、米国やアジアからも依然大変な尊敬を受けているのは、その魅力的な「文化」の数々の存在が大きいと思います。そこにはひとつの透徹した思想とでもいうか、明らかに人類の歴史・文化・伝統の象徴を感じさせる何かがあります。

この長い人類の歴史の中でヨーロッパというのは、常に文化を発信してきました。現代の政治・経済・社会の価値観等の多くは、もともとヨーロッパを起源としているものであります。いまわたくしが着ている背広だって、ネクタイだって、その起源はヨーロッパです。株式会社だって、議会政治だってヨーロッパが起源なのです。ですから、これだけの世の中の基盤となるアイデアやシステムを生み出し、長い年月、価値の発信基地であり続けたヨーロッパという地域に対して、わたくしたちは畏敬の念を禁じざるを得ないのであります。

4 今こそ経済力とバランスのとれた文化大国へ飛翔すべき!

翻って日本は、と言いますと、確かに高度成長を実現し21世紀に突入した今、国民は世界最高水準の生活レベルを維持できるまでに達しました。しかし、この国は諸外国からみて、果たして畏敬される、尊敬される国家にまでなっているでしょうか。

一部の国々、特に植民地時代に欧米諸国にさんざん痛い目にあわされたような国々の中には、「日本はすばらしい国だなあ」という意識があるようですが、むしろ日本が戦争でご迷惑をかけたところも多く、限定的なものにとどまっているように思われます。

尊敬される国とは、単にGDPが大きい国を指すのではないとわたくしは考えています。確かにGDPもひとつのがんばった指標ではあるでしょうが、例えば、環境価値や教育価値といったものはGDPに出てきません。尊敬される国とは、やはり先に述べたヨーロッパの事例のように、経済の土台である文化的・社会的価値観が、多くの人々にとって説得力のある、「文化大国」のことであると思うのであります。つまり、さきほどわたくしが述べた世界からみて魅力ある観光大国とは、文化大国のことを指しているのであります。

ここで、確認させていただければ、わたくしが初当選以来主張し続けている最大の公約は、「日本の伝統・歴史・文化・価値観を重んじ、個人と国家に尊厳のある文化大国日本の建設」ということであります。

一部の方々からは、「桜田さんの公約は、ちょっと抽象的ではないか」といわれたこともありますが、わたくしがこの公約を変更しなかった背景には、この国の「かたち」と「こころ」という問題について、これまで述べてきたような特別な思いがあるからなのだということを何卒ご理解をいただきたいと思います。

もう一度言います。わたくしの目指す国の「かたち」とは、「世界中から尊敬される文化大国日本の建設」であります。いま、この国のビジョンが欠落しています。これから、政策分野ごとに、皆さんと一緒に21世紀の日本国のあるべき「かたち」と「こころ」について考えてみたいと思います。
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