桜田 よしたか
自由民主党
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元気だそう日本! 桜田義孝の日本国改造私案
第一部 二十一世紀目指すべきこの国の「かたち」と「こころ」
第九章 そこにいて思わず笑みがこぼれるような街づくりを目指して・・・
1 街づくりには人の顔を思い浮かべることが大事

 この本は、この国の「かたち」と「こころ」を考える内容となっているわけですが、一番わかりやすい目にみえるこの国の「かたち」をつくり、それによって人々の「こころ」に影響を与えるものといえば、やはり建設政策ではないでしょうか?まさに建設政策・公共インフラ整備は、この国の国土のグランドデザインを考える仕事であります。

 わたくしは、もともと自分で建設会社を興したということもあって、建築基準法から都市計画法まで建設制度や政策というものに大変興味がありました。ですから、柏市議会議員時代、そして千葉県議会議員時代を通して、まちづくり・都市政策には大変力を入れ、国会議員になった今でも、建設・都市政策を、財政金融政策と並ぶ重点政策の二本柱のひとつとして位置付けさせていただいております。

 建設会社時代、わたくしは、自分の作った家でお客さんの家庭がくつろいで過ごしている姿を思い描くのが好きでした。正月に間に合せるように立てた家で、今ごろあの家族はこたつを囲んでみかんでも食べているのだろうなあと。常にそういう思いを描きながら仕事をやってきました。

建設政策、街づくり政策も正にそういうものだと思います。常にそこに生活する「人間の顔」を思い描くことが必要であります。この章では、この国のかたちづくりを物質的に実現する建設政策に焦点を当てて皆さんと考えてみたいと思います。よろしくお付き合いください。

2 日本の街は果たしてきれいといえるか?

  ―― 笑みのこぼれる街づくり

いま、街を歩いてみて皆さんどうでしょう。きれいだと思いますか?確かに小奇麗に表示板や道路等は整備されております。華やかな塗装の看板を持つ大規模量販店もたくさん並んでいます。しかし、これらをきれいだなあと感心してしまう人はまずいないでしょう。

 相変わらず電信柱がたくさんあります。わたくしは、景観だけでなく地震等の災害対策という点からも、早く電信柱を地中に埋めてしまうべきだと考えています。バブルの頃あんなに税収があったのだからそういうことにこそ税金を使うべきであった、そうすれば、かなり日本の町並みも変わっていただろうと思います。

 林立する電信柱に代表されるように、わが国の町並みというのは、どうしても無機質で無感動で、どこへいっても同じような雑然とした景観であるというのが実情ではないでしょうか。わたくしの住んでいる柏市も、16号バイパスという大きい道路が通っており、その両サイドは同じような風景が延々とずっと続いています。これらがすべて悪いと言っているわけではないのです。ただ日本人は、あまりに都市景観というものを政策として考えていない。そこが残念なだけであります。

 こうした中、最近景観条例を策定する市町村が増加しております。市町村ではマスタープランを作成し、良い景観を形成すべきところを指定するなど、積極的な取り組みを行っております。北海道の小樽運河の周辺などは良い例であります。小樽市では、景観規制を導入し、歴史的シンボル等を活かした、優れた景観のまちづくりを推進した結果、この十年間で観光客数が倍増するなど地域にも大きな経済効果をもたらしています。

わたくしは、極端な話、例えば京都なら、伝統的なデザインによる建築物を集中させ、街の中でそのまま時代劇が撮影できるくらいの景観にすればよいと思うのであります。そうすれば観光客は、大挙して押し寄せ、景気にも絶対プラスです。一方で新宿等の東京の中心部は、立体的な土地利用を進め、超未来都市のような景観にすれば良いのです。そして、避暑地となるようなところは徹底的に緑に溢れたかたちとする。そのように、「まち」としての全体的なイメージを重視すべきだと思います。

都市景観に関して、良い例はドイツであります。ドイツの建設法典には市街地において建築物と周囲との調和をはかる規定があり、景観への配慮はあらゆる建設行為の基本となっております。教会の尖塔や市庁舎の建築物などをランドマーク(街の象徴・目印)にし、これを際立たせるため、一般の建築物を規制しているのであります。

 具体的な例としては、ベルリン市のウンターデンリンデン通りがあります。ベルリンの中心に位置し、首都のプロムナードとなっているこの通りの景観は、ブランデンブルグ門のあるパリ広場のデザインと見事な調和を保っています。これは偶然に出来上がったものではなく、建築物の高さや屋根の傾斜角、窓の形、屋外広告物の掲出方法などを規定する建築デザイン条例と、ブランデンブルグ門の高さ等にあわせて軒高や壁に使う材料などのデザインの基準を細かく決めた地区詳細計画(Bプラン)とを十分に活用して維持されているものであります。

 基本的には自治体の判断が最優先であり、個人の自由権の問題もあるので軽々しくいえませんが、やはり景観創造という意味で、国土交通省は積極的に各地域に提言し、相談にのるべきだと思います。景観を維持するための一定の規制はやむを得ないと思いますし、景観が良くなれば、人間の精神状態に必ず良い影響を与えます。

皆さんは遊園地であるディズニーランドに、何でリピーターが多いかおわかりになりますか?わたくしは、あのディズニーランドは単なる遊園地ではなく、ひとつの「世界」というか「街そのもの」を提供していると思うのであります。ひとつの「夢の街」そのものを遊んでいるという感覚を起こさせるからこそ、人気があると思うのです。そして、建設政策にもこうした夢がなければならないというのが、わたくしの持論です。

3 ストレスのたまる都市部での生活

―― 満員電車に揺られてみてわかること

 朝、柏駅から東京方面に向かう常磐線は大変な混みようであります。時々電車で国会に向かいますが、北千住まですし詰め状態。人と人の間に一切隙間がありません。本当のすしにも、もう少し隙間があっても良いようなものです。ちょっと揺れると、どっと人の林全体が傾いて一番はじの人の腕は、へし折れそうになる。ざっとこんな具合であります。北千住で一気に人が降りる時、あまりの勢いに人が悲鳴をあげることすらあるのです。通勤地獄というのは、決して誇張された言葉ではありません。

 つまり、こうした通勤ラッシュは、交通事故と同じような完全な社会的害悪であり、何としても根絶しなければならないと、わたくしは考えております。東京圏では、依然住宅と職場や学校が離れており、昼夜間の人口格差が激しいという特色があります。しかも通勤・通学に要する時間は増加していく傾向にあります。早急に何とかしなければ、都市住民の不快感はますます増大していくことでありましょう。

 具体的な対策としては、どんなことが考えられるでしょうか。わたくしは、まず、現在計画を進めている「東京圏鉄道網」の一刻も早い完成が必要であると思います。わたくしの地元で身近なところでは常磐新線の完成が大きな課題であります。常磐新線が完成し、柏市北部に計画の二駅ができれば、柏駅や北柏駅に集中している通勤客がかなり分散するはずであり、通勤ラッシュの大きな緩和に効果があると確信しております。大規模鉄道の建設は用地買収等どうしても難しい問題がつきまといますが、「通勤地獄」の解消というのは都市政策最大の課題であるということを国も周辺住民も再認識すべきでありましょう。

 また、千葉県や神奈川県等周辺域の主要都市を、業務核都市として整備していき、業務機能を東京都心一極集中から分散し、職住近接を実現していくことが重要であると思います。幕張新都心のような存在が、もっと実効的な核都市として発展してくれば、通勤ラッシュも緩和されていくはずであります。

 近年は、業務機能が東京都心部へまた戻っていくような動きもみられるようでありますが、東京近郊部に業務・商業、すまい、文化などの機能がバランスよく配置され自立性の高い地域をつくることは、東京圏に住み、働く人々が快適で文化的な生活を送るために大変重要な政策であります。私は、東京圏の中で諸機能を適正に配置する政策を強力に進めるべきだと考えております。

 ところで、はっきりと宣言しておきたいと思いますが、わたくしは、首都機能移転には大反対であります。

 首都機能移転とは、国会、中央省庁、最高裁判所などを東京から移転させようとするもので、平成2年の国会における移転決議以来検討が進められ、平成11年の12月に国会等移転審議会において移転先の候補地が答申されたものです。

 答申で示された栃木・福島地域、岐阜・愛知地域など有力候補地では、「既に国会で決まって方向は定まっているはず」と、もはや既成事実化しようと必死になっています。移転決議がされた平成2年頃は、バブルのまっ盛りであり、土地の価格が上がり、東京一極集中の弊害が議論された時期でした。

 しかし、地価は下がり、人口の移動も落ち着いた今となっては、首都機能移転構想はバブル期の遺物と言っても差し支えないでしょう。まして、今の財政状況の中では、公的負担が四兆円を超すといわれる移転事業は、非現実的なものであります。

 何度も言いますが、首都機能移転は無駄であります。むしろ先に述べたように、通勤ラッシュ対策などを着実に実行し、東京を中心とした圏域を魅力にあふれた都市とするとともに、国際競争力を高めることこそ重要なのであります。

4 道路の渋滞をなくすためには・・・

 さて、通勤ラッシュと一緒で、わたくしが社会的害悪の典型例であると考えておりますのが、道路の悪魔、渋滞であります。これも根絶してしまうことがわたくしのこの国の「かたち」と「こころ」づくりの中での夢であります。

ああ世に通勤地獄と渋滞がなかりせば・・・この世は何と良い世の中になることでしょうか。「桜田さん、絶対無理だよ」と、そんなことは言わないで下さい。何事も「信ずれば通ず」です。みなさん方の思いをつなげるべく全力を尽くします。

 モータリーゼーションの急速な進展とともに、道路の渋滞は厳しさを増しております。通常30分で十分到着できるところが、1時間も2時間もかかってしまう。このようなご経験をなさった方は非常に多いことと思います。渋滞は人の不快感を募らせ、このことにより交通事故が増えることにもなりかねませんが、それだけではありません。第一に経済政策の面からも見過ごすことはできません。

そもそも車の中に閉じ込められていては、何の活動もできません。電車の中なら本を読んだり、書類の整理も多少はできるでしょうが、車の中では音楽を聴くのがせいぜいであります。トラックが渋滞に巻き込まれれば、荷物を積んで工場に届けなければならない場合は生産に支障を来たすことになるでしょうし、空のトラックが何時間も走っていれば、運輸会社に大変な損失を発生させることになります。

こういう渋滞でもたらされる経済社会の損失を推計すると、何と年間十二兆円にもなるそうであります。これは国の公共事業費の総額を越える大変な額であります。

 ではどうしたら渋滞は減るのでしょうか。わたくしは特に、街中の道路交差点における右折帯の整備が必要だと思います。街中で渋滞をもたらすのは、大体において、右折帯がないために待機している車が、前進したい後列車のふたになってしまって、進行を妨げているところが多いように思います。

現にわたくしの住む柏市では、そうしたポイントがいたるところにあります。国が渋滞に対する姿勢をみせるつもりなら、一回、右折帯未整備による渋滞ポイントを全国的に洗い出し、港湾などの他の公共事業等を減らしてでも全部工事してしまうべきではないかと考えます。もちろん、歩道を狭くするわけにはいきませんから、右折帯を確保するには、道路用地を広げる必要があります。しかし、交差点の付近は建物が建て込んでいて地価も高く、用地買収が大変です。だから、なかなか整備が進まないのです。それならば、用地買収せず、建物の一階部分をセットバックしてもらって歩道の空間を確保するようにしたらどうでしょうか。これだけで、道路利用者のイライラは相当軽減されるはずです。なかなか進まない都市部の渋滞対策を進めるには、柔軟な発想が必要なのです。

 また、特に都市の中を通る大きい交差道路については、通過交通の流入を防ぐため、バイパス道路を建設することも肝要であります。わたくしの地元の例でも国道十六号バイパスができれば、相当渋滞は緩和されるはずであります。渋滞緩和については身近なところから積極的に取り組むということで、国道16号バイパスの円滑な着工に向け、国土交通省の工事事務所と定期的に会議を持ち、協議を行っているところです。

帰省ラッシュでおなじみの高速道路大渋滞については、ITを活用した高速道路のノンストップ自動料金支払いシステム等により、安全・快適で円滑な移動を実現することが必要です。現在、東京アクアライン通過のバス等で試験的に実施しているところですが、平成13年より、全国63箇所で一般的に利用できる予定となっています。

渋滞の中でも踏切の渋滞には、本当にイライラさせられるものです。ラッシュ時にはほとんど閉まったままの踏切もあります。こうしたいわゆる「開かずの踏切」は全国で約1000箇所もあるそうです。このような踏切の抜本的な解消のために、鉄道を高架や地下にする連続立体交差事業を推進する必要があります。連続立体交差事業により踏切がなくなり交通渋滞が解消されるだけでなく、鉄道で分断された市街地が一つになり、魅力的なまちに生まれ変わります。

このほか、計画はしていてもなかなか整備できない状況にある環状道路の整備、鉄道やバス、モノレール等の公共交通機関への利用転換を促す駅前広場の整備や、パークアンドライドの実施等の取り組みが必要であると思います。特に、駅前広場は、単に乗り換えの場としてだけでなく、まちの顔として、またまちづくりの拠点として大事な役割を果たしています。駅周辺の再開発や駅ビルの整備と合わせて、商業・業務だけでなく、市役所の窓口や保育所、医療・福祉、住宅など、様々な機能を備えた拠点をつくることが、街の活性化の上からも重要と考えます。

以上のように、重点を明確にして、メリハリのある道路整備が必要不可欠であります。そして、21世紀の都市内交通のあり方について市民の方々自身が考え、選び取って欲しいのでありますが、近年ヨーロッパ諸国では、「持続可能な都市開発(サステナブル・アーバン・ディベロップメント)」という考え方が主流となりつつあります。

これは、地球環境問題・エネルギー問題を考えた場合、我々の生活スタイルそのものをもう一度見直し、環境に優しい、エネルギーを無駄に使わない都市を構築すべきだという考え方であります。都市交通に関していえば、街の中心地へは、できるだけ公共交通機関や自転車などを利用してアクセスする、自動車利用はできるだけ控えた行動をとることを要請するものであります。公共サイドとしては、中心市街地で自動車から乗り換えてもらうための駐車場を、そして、そこから都心部にはLRT(高性能低床式路面電車)やバスなどサービス頻度の高い公共交通機関を整備するものです。場合によっては、都心部では自動車の流入を規制し、公共交通機関だけが乗り入れることのできるトランジェットモールとして、お年寄りも小さな子供も、歩行者が車を気にすることなく、のびのびと安心して歩ける街づくりを進めることも考えられます。

 このような街づくりが可能となるためには、迂回路となる環状道路や都心部での物流対策など、様々な条件をクリアする必要がありますが、まさに21世紀の街づくりの方向性として、市民の方々自らの責任で選び取っていただきたいと思っております。

5 欧米諸国に比べて少なすぎる自然緑地公園の数 

 ―― すばらしい自然環境こそがいじめをなくす

 主要各国の大都市における一人あたりの公園面積をみますと、米国のニューヨークで、29.3?、ドイツのベルリンで27.4?、イギリスのロンドンで26.9?、パリで11.8?。ところが、われらが東京二三区は3.0?とけた違いに少ないのが現状であります。

 冒頭の「そこにいて笑みのこぼれる街づくり」には、とてもほど遠いのが現在のわが国の都市部なのであります。はっきり言って、緑地公園は、最低でもパリ並みの一人あたり10?程度にはすべきであると考えます。

 都市緑化政策については、後々の環境政策の中でも温暖化対策の柱としてお話するつもりでありますが、人間にとって、自然と親しめる自然公園の存在意義はますます増大してきています。国でも、自治体による緑地保全への取り組みを後押しするような補助事業も実施しておりますが、まだまだ十分とはいえません。

 特に東京圏の各都市部では、一人あたり公園面積について、20?という明確な目標をもつべきであります。公園が増えれば、そこで人々の交流と笑顔が生まれることでしょう。休日に家で、じっとしていたような人々が、近くに公園ができれば、芝生で寝そべって読書したり、子供と遊んだりできるのではないでしょうか。これは、とてもすばらしいことであります。

また、今の子供達にとっても公園は必要なものと考えます。最近のいじめ事件は特に陰湿ですが、これは、多くのメディアやゲーム等の影響も大きいと思います。子供達の精神が健全性を失ってきています。ですから、外で体を動かせるような場所が必要です。元来人間は太陽の下で自然の中で活動するのが好きな動物です。環境さえ改善されれば、少なくとも家に引きこもってゲームをずっとやっているという少年は減るのではないでしょうか。極端なことをいうと、公園が増え、子供たちが緑や水に接し、自然とのかかわり・ふれあいが保てれば、いじめも減ると思います。因果関係が実証されているわけではありませんが。わたくしがこの章で繰り返し繰り返し申し上げていることは、建設政策の遂行の中では、まさにこうした人々の顔を思い描くことが重要であるということであります。

 ここで最近、わたくしの地元柏市でよく聞く具体的な話を紹介しますと、相続税の関係で国に物納された大きな物件について、その土地の緑を生かして公園として再生してくれ、という周辺住民からの要望が市に対して結構あるようであります。

この際、市が率先して公共用地として優先取得し、公園にすれば良いわけですが、何分申し込み件数の人々を満足させるだけのお金がありません。このような場合には、市の財政負担だけを当てにするのでなしに、町会基金や市民のカンパ等の手法でみんなの公園をつくる、維持管理についても町会員が交代で一定の役割を担うことにする、そういった住民参加の仕組みをつくっていくことも必要であると思います。

都市の緑を確保するうえで、道路の緑化も大切です。街路樹を植えたり、フラワーポットを置いたり、道路を整備することによって緑を増やすことができます。高速道路も無粋な遮音壁ではなく、ツタなどを植えて全面緑の壁にすれば、周りが和らぐのではないでしょうか。

 道路の清掃や街路樹の維持管理を地域の人たちが行う取り組みがわが国でも始まっているようですが、こうした活動にできるだけ参加していくことも重要なことと考えます。

6 住宅事情をどのように改善していくのか?

  ―― すまいこそ家族の幸せの器

 住宅事情を改善すること、これは、なかなか難しい課題であります。鉄道や道路、公園といった類のものとはわけが違います。すぐれて個々人のライフプランとも関わり、国が直接これをどうこうすることはできません。

一方、1人あたりの居住面積は平成10年で33?と、ヨーロッパ並みにはなっているものの、大都市の借家を中心として依然遅れている状況にあり、経済大国である以上、このお寒い状況は何とかならないものかという感想を持たざるを得ないのも事実です。

 そこで、わたくしが考える住宅対策とは、都心部における良質な中高層共同住宅の供給を支援・推進することであります。イメージとしては、高層マンション群についても、周辺にオープンスペースを持つなど一定の条件を満たせば、国や地方公共団体が許認可面や融資補助等で積極的に応援していくということであります。

 また、産業拠点として工場が立地していた東京湾臨海部では、バブルの崩壊により大規模工場跡地等の低未利用地が存在しており、これらの有効活用により、当該地域での住宅供給を行っていくことが必要であると思います。このためには、用途規制の緩和やアクセス道路の整備など総合的なまちづくりのビジョンと強力な支援が必要です。

 このような住宅供給支援策について、わたくしは現在、国土交通省の都市局の幹部と定期的な打ち合わせの場をもっており、今後都市政策の柱として、理論的に詰めていきたいと考えております。すまいこそ家族幸せの器であることを忘れずに・・・・・・

7 日本の公共事業の何が問題なのか?

 さて、そろそろこの章のしめに入りましょう。「そこにいて笑みがこぼれる街づくり」のわたくしのイメージのいくらかはおわかりいただけましたでしょうか。

ここで、いま、建設政策を考えるうえで大変問題視されている公共事業についてお話しておきたいと思います。

 わたくしは、マスメディア等でさかんに喧伝されている単なる公共事業悪玉論にくみするつもりは毛頭ありません。いままでみてきたようにわが国の街づくりはまだまだ不完全であり、公共事業を全部なくせというものでは全くないと思っています。しかしだからといって、いまやっている公共事業がすべて正しいとは思いません。

理想的には、日本中全部豪華にできれば良いわけですが、そこは血税を用いる以上、費用対効果でみていく必要があり、できるだけ多くの方々が使い、喜んでもらえるものでなければならないと思うのです。国土交通省の諸君だって自分達の事業が人々を幸せにできればこそ、やる気が起きるのではないでしょうか。つくる以上は「よくやってくれた」と言われたいというのが当然の人間の心理だと思います。

 こうした中、先般長期未着手の公共事業についてかなり見直しがされました。総額で2兆6000億円の削減効果があったという報告を受けております。引き続きこうした事業の徹底的精査は行っていくべきであると考えておりますが、事業評価の仕組みについてはまだまだ検討の余地があり、民間コンサルタントの力等も借りながら、優先度の高い事業と、優先度の低い事業の見極めをしていくことが求められております。

わたくしの日常業務の中でも、国土交通省による個別事業についての説明の際に、必ず利用人口や経済効果について細かく確認し、アドバイスするよう心がけております。

 また、このような事業評価の制度化とともに、国民から喜ばれる公共事業実現のためには、市民ニーズの適切な反映も重要な課題であると思います。具体的に言えば、対国民説得性、すなわちアカウンタビリティーを重視し、事業推進に当たっては、住民イコール国民の意見というものをうまく計画自体に取り込んでいく姿勢がもっと必要ではないだろうか、そんなふうに考えております。

 例えば、先ほど来、話に出てきている私の地元で計画中の国道十六号線バイパスでありますが、「パブリックインボルブメント方式」という市民参加型の新しい方式も導入されるようになっております。公共事業計画実施の前にアンケート調査をやったりして意見を聴取し、より計画に反映させていこうという考え方であります。まだ公認の制度として定着はしていないこのような方式の具体的法制化などは、極めて有効ではないかと思います。

 地域の人々は、自ら計画の決定に参加するだけでなく、自らの決定に責任を持たなければなりません。公共事業を実施するにしてもやめるにしても、その影響を受けるのは、地域の人たちです。一部にみられるような、反対のための反対や、地域と無関係な人の無責任な反対とは違い、影響を受ける覚悟があるからこそ、責任ある判断ができるのではないでしょうか。

加えて、特に吉野川可動堰や諫早湾干拓事業を巡る現地での動き等をみていて感じたことですが、嫌がられてもつくらねばならないインフラというのは、現在ではごく少ないように思われます。ですから、例えば、国の進めようとしている事業に対して、地域で極端な反対運動が起きた場合、特に必要なものを除き、県や市町村に管理権を移譲し、責任をとってもらうというような形はどうでしょうか。

国の役割を、統一的な企画や国土開発全体からの留意点についてアドバイスするにとどめるという方法もあるのではないだろうかと思っております。先の吉野川可動堰や諫早湾の干拓事業のような問題も、自治体が自己責任で決定することになれば、地方分権の精神にも合致し、公共事業に関する国民の誤解も改められるのではないだろうかという考えを持っております。

ただし、安全保障関連施設のように政府として議論し、どうしてもやらざるを得ないという結論になった事業の場合の執行手続きについても検討しておく必要があります。この点、やはり現行の土地収用法は何とかしなければならないでしょう。わたくしは、土地収用法を廃止してより実効的な「地域環境調整法」を制定すべきであるというのが持論であり、建設委員会で何度も提案しています。

土地収用法は、そもそも昭和26年に作られた大変古い法律であり、「収用」という用語自体旧態依然としていてイメージが悪すぎます。また、現在いくら法律があっても、実質的には一坪地主のような一部の反対で、事業が一向に進められないという硬直的な点も大きな問題であります。

最低でも、地権者の八割の同意を得られたら、事業者が速やかに事業執行できるよう、より弾力的な内容とすべきであります。前述した住民参加のシステムもうまく運用していけば、必ずこうしたことの後押し材料になることでありましょう。多くの方々の公共利益の実現が遅れることにより、大いなる税金の無駄使いになることこそ、強く非難されるべきであります。

 そろそろこの章も終わりになります。ご覧になったように、「そこにいて笑みがこぼれる街づくり」の実現のためには、まだまだ課題が山積しております。しかし、わたくしは自らのライフワークとして引き続きこの国の建設政策を先頭にたって考えていきたいと思っております。


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