桜田 よしたか
自由民主党
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元気だそう日本! 桜田義孝の日本国改造私案
第二部 日本政治の舞台裏 ―― 日本政治の現状と桜田義孝の政治哲学
第四章 二十一世紀に求められる理想の政治家像とは ――桜田義孝の政治人間論
1 政治家に求められるカリスマ研究・田中真紀子さんや石原慎太郎さんはなぜ受けるか

 いうまでもなく、政治とは人間社会を幸福にするために存在し、政治の根幹は人間理解にあるといっても過言ではありません。当然、国政をリードしなければならない当事者である政治家には、高い人間的能力が求められるところです。それでは、政治家に求められる人間的能力とは一体どのようなものなのでしょうか。「日本政治の舞台裏」と銘打ったこの部の最後の章では、政治人間論について、皆さんとともに考えてみたいと思います。

 まず、皆さんに考えていただきたいのは政治家の人気度調査です。よくテレビや新聞で「内閣総理大臣にしたい政治家ランキング」といったようなタイトルでアンケート調査をしますよね。その際、必ず上位にランクされる人物が二人います。衆議院議員の田中真紀子さんと東京都知事の石原慎太郎さんです。政治人間論を展開する前に、このお二人がなぜ人気があるのか検証してみたいと思います。国民からみて魅力ある政治人間像とは一体どのようなものなのでしょうか。

 お二人の人気の基本は、田中角栄元首相の娘だとか、石原裕次郎のお兄さんだとかそうしたものではないと思います。共通しているのは、はっきりとズバズバとものをいうことです。場合によっては、ビートたけしの毒舌にも比するようなパンチ力がある。聞いていて実にスカッとする。自分が言いたいことを巧みな比喩を用いて、自分のかわりになって言ってくれている。この共感性の引き起こしこそが、彼らの人気の基本だと思います。ダウンタウンなど最近はやりのタレントをみていても、「そうそう」という人々の相槌、共感を呼び起こせるトークが人気の源泉になっていると思います。

実をいえば、こうした発言スタイル、演説のうまさ、大衆との共感性の確保こそが古代ギリシァの昔から世界史の中で、歴史に名が残るような政治家を生んできたのです。

 さきほど行政論のところで、わたくしは、内閣総理大臣に必要な資質のひとつとして、「自分の言葉でビジョンを語れる一種のカリスマ」ということを指摘させていただきました。いわば、これは政治家全般について言えることです。田中真紀子さんや石原慎太郎さんにこうした能力がずば抜けて存在していることは確かです。

 二十一世紀に求められる政治家像としては、やはり自分の言葉ではっきりとものを言い、国民の共感を得ることができるという能力は不可欠だと思います。それこそが政治に肯定的なイメージを与え、国民の政治意識をも向上させるはずです。

2 政策立案能力は政治家に求められる能力の基本中の基本である!

 政治家になって以来、わたくしが一番重視していることは、自分の政策立案能力の強化です。二十一世紀に求められる政治家像は、政策に強い政治家だと思っています。このことは、これまでの国会議員論、行政機構論、政党論を見ていただいても一貫しておりますので、いくらかはおわかりいただけたかと思います。自分としては、現在、特に今後の自分の中心分野と言いますか、政策的な専門にしたいと思っている財政金融政策と国土交通政策について、「財政構造研究会」、「都市問題研究会」というように、それぞれの役所の審議官、課長級と、仲間の議員と共に一週間に一度程度、定期的に勉強会を開催しています。こうした勉強会で得られる知識は確かに糧となり、自分の政策の整理に大いに役立っています。

 かつては、国会答弁で、ある閣僚が「そのことは重要なことなので局長から答弁させます」といって失笑を買ったというような話がありました。富国強兵時代や高度成長期、産業育成等の国家目標も定かであったころは、それで済んだかもしれません。しかしわれわれは既に航路のない船旅に出ています。官僚主導では、世の中の流れにとても対応できません。政治家自身が十分な能力をもって政策企画に深く携わっていく必要がある。これこそが副大臣・大臣政務官制の導入、局長らが答弁する政府委員の廃止、国家基本政策委員会の設置等を実現するに至った、わたくしたちの基本構想である政治主導思想の根幹です。

 そのためには、政治家自身が政策立案能力を磨くこと、これが肝心です。さてそれでは、これは「政治家も官僚と同じくらい細かな政策知識を保有せよということか」という質問を投げかけられる方もおられるでしょう。わたくしが言いたいのはそういうことではありません。確かに政治家の方の中には、「それは君、表現が間違っているよ」とか、「その法令解釈は違うだろう」と政策知識で官僚を凌駕する方もおられます。官庁出身の方は大体そういう傾向があります。確かに知識は細かければ細かいほど良いかもしれません。

 しかし、政治家に求められている政策立案能力とは、わたくしはあくまで、基本的に国家社会全体を「わしづかみにできる能力」、「見渡せる能力」だと思っています。官僚と知識を張り合うことが政治家に必要な政策立案能力だとは思っていません。

官僚は、ともすれば自分達の省庁の中だけから世の中を見てしまいますから、いろいろ知識は持っていても、既存の枠にはめられた考え方しかできない。政治家にはもっと自由な政策発想ができるはずです。時々、役人と話していると、有名進学校を出て頭がいいはずなのに、何でこんなことも思いつかないのかと、疑問に思うことも多々あるのが実情です。

頭が良く計算が速いことと、人間としての知恵があるということは根本的に違います。政治家に必要なのは、人間としての知恵だと思います。この点、「政策新人類」なるもてはやされ方には、幾分問題が存在していると思います。

3 議会政治における成功の秘訣は本当の仲間をどれだけ作れるかである!

 大衆に共感を呼び起こさせる能力、演説・トーク能力、そしてただいま申し上げた政策立案能力といった、いわば個人技は政治的人間能力として求められる基本だと思います。そして、実は政治家として一端の仕事ができるようになるためには、次に申し上げることが重要であります。本当の仲間が議会にどれだけいるかです。

 演説も政策能力もどちらかといえば、スタンドプレーになりますから、まわりのことを考えずにあまりやり過ぎると、周囲は違和感を感じ、人と衝突することも多いようにみえます。かつて、田中角栄さんの秘書をしていた早坂茂三さんが親分に対して、「政治家として大成するためには当然味方を大勢つくることですよね」と聞いたら、角栄さんは「いやそれは違うぞ、敵をできるだけ減らすことだ」と言ったといいます。

いくら演説がうまくとも、政策に明るくとも、人間性において敵が多く仲間ができない、味方が一緒に活動してくれないと、国会議員として、政治家としては何もできないことになってしまうのです。ここがタレント・芸能人と政治家が大きく違うところです。

「加藤の乱」というのがありました。加藤紘一(元幹事長)さんはマスメディア等で支持率の低い森内閣を、民意のみを用いて倒せると思い込み、インターネットやマスメディアを盛んに使って世論に訴えました。確かに支持率が二割以下の内閣総理大臣が続くことは問題としても、やり方はあまりにお粗末でした。結果が証明しています。わたくしは、議院内閣制の中で総理大臣が選ばれる以上、働きかけの方向が違うでしょうと言いたかった。政策も同じです。国会で政治活動をする以上、議会での自分の賛同者を多くしなければ、政策は実現できません。

この点、石原さんのように直接投票で選ばれた権力のある首長であれば、比較的やりたいように思い切ったことはできるはずですが、議院内閣制の中でリーダーを選んでいくという現実の日本の国政現場においては、何より共に行動できる真の仲間づくりと、仲間と共に行動できる実りある協調能力は、何より大切なものです。演説能力や政策立案能力が上部構造だとすれば、仲間をつくれる人間的能力は下部構造であるといえるでしょう。周囲から信頼される人間的能力の向上は政治家にとって永遠の課題といえます。

4 子供達がなりたくない職業のトップからなりたい職業のトップへの向上を目指して

 いま、日本の子供たちのアンケート調査によりますと、将来なりたい職業は大体、野球選手、サッカー選手、また、最近では不況という世相を反映して公務員などが上位を占めているようです。そして、なりたくない職業のトップに来るのが政治家だというのですから、政治家としてはある意味で大変悲しく思います。まあ政治家を目指すという子供達がごろごろいれば、それはそれで怖い気はしますが。

 若い人は政治に関心がない。政治家が嫌いだという話はよく聞きます。マスメディアでもそういう報道がされます。確かに政治そして政治家に反省すべき点は多々あることでしょう。しかし、わたくしは政治がみんなに蔑まれたら、政治家が誰からも蔑視されるようになったら、この国はとても不幸なことになると確信しています。

 個人個人の利害を一旦置いておいて、みんなでこの国をどうしたらよいかを考えることが政治であります。自分の欲望を満たすことはみんな率先してやるでしょう。みんなに任せておけば勝手にやってくれます。しかし、モノやお金が無限にない以上、そうした欲望は調整されなければならないし、みんなが欲望だけを主張したのでは、社会や国は成り立ちません。だからある一定線でみんな我慢して、みんなで考えを出し合って物事を解決・決定していくという仕組みが必要なのです。これは、人間社会にとって空気と同じように欠くことができないもので、国民に選挙で選ばれた政治家が仕事としてやる以外ないのです。

 マックス・ウェーバーは、その著「職業として政治家」の中で、政治家に必要な要件として、「情熱」、「責任感」、「判断力」という三点を指摘しています。このような諸点について類まれなる能力を持つ人間こそが、政治家にふさわしい。こんな資質を備えた人間はなかなかいるものではありません。ですから、やはり子供達のなりたい職業のトップになるくらいでないと、優秀な人材を必要とする国としては大変困ってしまいます。

 政治が今後、若い人々も含めて国民全体から「よくやってくれている」と評価されるには、結局、政治家が身をもって国民に説得力ある存在として成長していく以外に道はないと考えます。
 わたくしは、国政と国民が強い絆で結ばれた「信頼」と「責任」が共存する政治を目指して、とりわけ政治の信頼回復を目指して、引き続き全力でがんばっていきたいと思っています。


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