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| 21世紀 この国の課題と展望について |
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とにかく今日本人が、日本人の精神が、日本という国が危機的であります。「人生を生きる」ということを何か肯定的にとらえられないでいるのであります。わたくしは、こうした中にあってこそ、公共利益の象徴行為ともいうべき「政治部門」が21世紀にふさわしい人間像、社会像、国家像というものをきちんと発信し、国民と政治家が目的を共有して、それに向かって充実した時を刻んでいくことが大切であると考えております。
まず、「憲法改正と首相は国民投票で!」についてでありますが、政治のリーダーシップを確保し、しっかりとした良い政策を行っていくためには、わたくしは政治が説得力をもたなければならないと確信しています。
そのためにもこの国の憲法を改めて自分達の手で作り、米国でもない、お上でもない、自分達の信念で考え行動する自律的な国づくりへの契機としなければならないと考えております。敗戦後の占領下での憲法制定はそのプロセスに大いに問題があり、日本人が自主的につくったという意識が薄いのであります。21世紀に入り敗戦後の時代とは今や社会情勢が大きく変わっております。わたくしは、現在の国情に適合し国家に尊厳の持てる憲法を制定すべきであると考えます。9条はもとより前文もしかり、私学助成や環境、議院内閣制、公共の福祉等論点は数えたら切りがありません。21世紀の初頭5年をめどに何とか改正したいものであります。
また、首相の国民投票制の必要性、すなわち首相公選制については、今回の内閣不信任案の一件をみていてつくづくわたくしがその必要性を感じたことであります。国民に望まれないリーダー(内閣)が存続し続けることは大変不幸なことであります。やはり国民主権ですから、議院内閣制といっても、国のトップである内閣総理大臣の選抜に関していえば国民の意思をより反映させやすい仕組みを考えなければならないと思います。少なくとも国民に不透明感を与えるような選出の仕方では、国民とともに歩む政治というイメージが薄くなり、政策に対する国民の信頼感を確保することは困難といえるでしょう。
国民が現状の政治にイライラした感情を持ち、過去10年に8人も日本では首相が変わっております。先進国でこれだけ首相が使い捨ての習慣になったのは類例がなく、例えば米国大統領が任期の4年間じっくりと政策を遂行できるのと大違いであります。今こそ議院内閣制の仕組みと行政府のあり方を根本的に見直す時期に来ていると認識します。
首相を国民が自分達で選べるということは、せっかく選んだのだから思い切って任せてみようではないかということになり、難しく痛みを伴う財政再建等にも取り組みやすくなると考えられます。事実、石原東京都知事などは増税策などいくつも提案しても、都民の間には依然彼のリーダーシップに対する強い信頼がありますから、比較的落ち着いた反応に止まっているのであります。
国民に不人気でも国家としてやらなければならない政策はあります。むしろ国民の政治に対する閉塞感を強くすることこそ問題であります。首相公選は必ずや国民に、政治に影響を与えられるという誇りと政治に対する前向きな評価をもたらすでありましょう。
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